ホリエモンのアンチFIRE記事に関する見解

2026-01-06

経済的自由・FIRE

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今日は、「若者のFIRE志向」を否定するホリエモン(堀江貴文氏)の主張について、FIRE4年目の僕の立場から感じた違和感を、少し踏み込んで整理して綴ります。

ホリエモンの主張は刺激的で、部分的には共感できる点もあります。ただ同時に、そこには見過ごしにくい偏りと、危うさも含まれているように感じています。

原文はこちらです。

ホリエモンが明かす「絶対に資産が減らない方法」がド正論すぎて、ぐうの音も出ない

若者FIRE批判に含まれる前提

ホリエモンの発言を丁寧に読むと、彼が問題視しているのは「若いうちからFIREを理想の人生と捉え、仕事から距離を取ろうとする姿勢」です。

実際、彼は次のように述べています。

嫌な仕事に耐えてお金を貯めて、いつか自由な、幸せな人生を手に入れたい。そう願っている若者の心の拠り所になっているのが、FIREムーブメントの正体だ。
この文脈から見れば、ホリエモンの射程が「若者」に限定されている点は理解できます。

確かに、社会経験が浅い段階で「仕事は無意味」、「とにかく早く降りたい」と考えるのは、やや短絡的に映る部分もあるでしょう。

「若者はまず仕事に本気で向き合え」は同意

この点に関しては、僕も一定の同意があります。

仕事が合うかどうか、人生の中心に据えたいかどうかは、ある程度、本気で取り組んでみなければ分からないからです。

仕事に十分に向き合うこともなく早々に「仕事はつまらない」と結論づけてしまうのは、確かにもったいないとは思います。

若いうちは、仕事に全力を投じて、その世界の内側まで入り込んでみる価値はあります。

ただし、ここから先が重要です。

問題は「仕事に全力を尽くした後」の欠落

ホリエモンの主張で僕が最も引っかかるのは、仕事に全力を尽くした「その先の選択肢」がほぼ語られていない点です。

彼はこう言います。

人はつまらない仕事をするために生まれてきたのではない。辛くて心身を蝕む労働に耐えるために生まれてきたのでもない。幸せとは、好きで好きでたまらない、やりたい仕事をいつまでもやり続ける!と宣言できる生き方だ。

これは一見、力強く前向きなメッセージに見えますが、仕事至上主義という価値観を、かなり強く押し付けているように思えます。

世の中には、仕事に情熱を見いだせる人がいる一方で、

  • 仕事は「人生の一部」と割り切りたい人

  • 別の軸(生活、趣味、人間関係)を中心に生きたい人

も、確実に存在します。

それにもかかわらず、「好きな仕事を一生やり続ける」生き方だけを幸せの完成形として掲げるのは、仕事至上主義への回帰でしかありません。

僕には「仕事に逃げている」ようにも見える

少し厳しい言い方をすれば、僕にはこの主張が「仕事に逃げている」ようにも見えます。

人生の選択を広げる代わりに、

  • 「仕事が楽しいかどうか」

  • 「仕事に惚れ込めるかどうか」

という一本の軸に、すべてを回収してしまっているからです。

仕事を続けることは立派ですが、それって数ある選択肢の一つにすぎないと思います。

仕事をやり切った結果、「これは自分の人生の中心ではない」と判断して、労働から距離を取る。その選択まで否定してしまうと、結局、降りる自由のない社会を肯定することになってしまいます。

自由に反する生き方です。

終わりに

仕事かFIREか、という二項対立で語ること自体が、もう時代遅れなのだと思います。

仕事に全力を尽くすフェーズがあってもいいし、そのうえで、別の生き方を選ぶ自由があってもいい。

重要なのは、続ける自由と同じだけ、降りる自由も認められていることだと思います。

FIREとは、そんな人生を自分で選び直す「選択肢」を広げるものだということを、ホリエモンは理解していないのだと思っています。


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自己紹介

2022年3末に完全リタイア。FIREの自由で創る”自分らしいセカンドライフ” としてFIRE-Driven Lifestyle Innovationをテーマに、日々の気づきや経験を発信して精神的に豊かなFIREを応援します。
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