先日またも「自分は運が悪い」と思い知った出来事が起こってしまいました。
期待してメールを開けると以下のメッセージでした。
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タイトル:抽選結果のお知らせ[「CYNDI LAUPER」プレリザーブ先行]
「以下のお申し込みにつきましては、残念ながらチケットをご用意することができませんでした。」
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楽しみにしていたコンサートの抽選に落ちてしまいました。
これまでも抽選となれば落ちたり、嫌な役回りを決めるくじだと当たったり(引きうける)、何かと偶発性の運には恵まれない自分です。
なのでこれ↓が僕の日常です。
とうことで、今日は運の悪さと、努力工夫で運をあげる効果と、ひいてはFIRE達成に関する運について広く綴ります。
運が悪いと思う人の比率
ちなみに「自分は運が良いか悪いか」という認識がどういった分布か調べました。
するとあるアンケート結果がヒットし「運が良い」という回答が64.4%、「運が悪い」は35.6%となっています。
(ソース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000159.000014097.html)
なんと世の中の皆さんはそんなに運に恵まれていると感じているのか・・と驚きました。
僕のように「運がない」と思っているのは少数派です。
運がないと思った最近の体験
僕が運が悪いと思う出来事と対策を綴ります。
くじ運
コンサート抽選は今年既に4連敗です。
でも確率を上げようといろいろ試しました。
当選時にクレジットカード払いとコンビニ等の支払があります。「運営側はカード払いが取り漏れ率が少なく優先するだろう」とカード払いにしますがなんら効果はありません。
ちなみにある筋の情報で「抽選は完全にランダム(カード払いだからと優先しない)」とのことです。
昔は知り合いに頼んで優先枠を貰ったりできましたが今は「コンプラ」が厳しいですね。
列の待ち時間
また自分の運を試すことも日々しています。
スーパーや空港セキュリティーチェックで「最も早く進むだろう」という列で試します。
ですが毎回、自分の前の人がトラブったり担当者がとろかったり、自分の列だけ進むのが遅かったりします。
一応スーパーでは「前にいる人数と品目数」を、空港では「サラリーマン>男性中年>女性中年>男性高齢者>・・・」と所要時間を推定します。
出張慣れしたサラリーマンは手荷物やイレギュラーな物も持ち歩かず高確率でセキュリティーに引っかかりません。
一方、女性は全般に(年代や格好で予測しますが)液体系やら小物やら何かと引っかかる確率が高いのです。
こうした推測(属性や特徴)で列を選ぶにつれ、以前よりは遅い列に巻き込まれる確率は減ってきます。
万がいち引っかかれば、持ってる仮説を修正し次に活かすようにしています。
じゃんけん
じゃんけんでも勝つ確率は平均値以下でした。
ただ統計で自分の勝つ確率を上げる工夫をしています。
例えばランダムにじゃんけんをするときはパーをだすのですが、負ける確率は3分の1以下(33%以下)となります。なぜならじゃんけんはグーが35.0%、チョキが31.7%、パーが33.3%で出される統計データがあるからです。
もしじゃけんをして相手とあいこになったら、次は「そのあいこで負ける手」を出します。
例えばグーであいこなら、次はチョキをだします。
これはじゃんけんであいこになった後の手で「同じ手を出す確率は22.8%と低い」からです。よってちょきを出せば、相手は77.2%の確率でチョキかパーなので負けない確率を上げられます。
結果として、自分の運の無さを確率で補い勝つ確率が上がってきます。
運が悪いことを逆手に取れる
このように、自分の運の無さを受容し「統計が影響できるもの」は確率の知識で運を上げるだけの工夫をやれば少しだけ効果はあります。
こうした経験から思うことは「自分は運が悪いと思ったほうが努力の余地が生まれ、結果的にはプラスになる」いうことです。
運の強い人は世の中にいるとは思いますが、自分はそんな運頼みで人生を預けてもうまく行く気はしませんし、運が無いことを嘆かず、せいぜい運の悪さを新たな知恵や観察力の源にして逆手に取ろうと、割り切っています。
損得に影響する運と生死に影響する運の違い
また時々思うのは、目先の損得では運がありませんが、生死にかかわる大ごとでは自分は運があると思っています。
過去に地下鉄サリン事件がありましたが、あれも自分の通勤ルートも時間もドンピシャでした。
たまたまその時はその場所に行かなかったので巻き込まれませんでしたが、こうした点で思い当たることは多々あり、結局、仕事や旅行で居場所がたまたま安全だったりお得なエリアにいることが多い気はします。
目先の運の悪さとそれを合算すれば、人生での運はプラマイゼロかもしれません。
FIREは運か?
こうした「運」の捉え方はいろいろあると思います。
例えば日本に生まれてきた時点で安全も健康も恵まれて運が良いと感じます。
世界人口80億人のうち10億人はかなり貧困下に、また20億人以上は独裁政権やカースト制度(生まれながらの身分差は克服できない)だったりするわけです。
先進国でも、この国は自分の好きに投資をし、(税金に不満はあれど)富の追求をでき、富を処分できるルール下にいるわけです。
また、「仕事も居住地も伴侶も選択できる」という時代であり世の中にいます。
貧しい世の中になって選択できる人は限られるとか言われますが、まるでできない制約が強制適用されてるわけでは無いと思っています。
例えば今はワークライフバランスが重視され、コンプラが厳しくなり、パワハラの圧や搾取も(過去に比べ)減りつつあります。
FIREをして早期リタイアする道も選択肢にあがるわけです。
終わりに
以上、自分が運が悪いと思う少数派(35.6%)の1人の僕は、運の悪さは受容し、統計や観察で補なって、そして結果として少し「マシ」にはなっています。
自分が日本で生まれたという環境も運(≒生まれた場所やタイミング)は良いとは思います。
つまり言いたいのは、自分ではコントロールできない「運や生まれ」は素直に受け入れたり感謝することが大事で、それをとやかく文句言っても変わりようはありません。
なので感謝と受容で対処するしか無いとも思いますし、それで手堅く知恵やら観察力がつくならそれでよしと思います。
なお世間ではこうしたことを「運も実力のうち」というのかもしれません。
これもどこか違って、運も実力も素質もないから統計や仮説(観察力)でチマチマと何十年も工夫する「自己防衛の習慣」でしかないと思っています。
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