FIRE生活を始めた当初から「時間」について危機感がありました。
年齢と共に時間が速く過ぎゆく感覚から、ジャネの法則で体感時間の余命計算をしました。
すると、「50歳でFIREし、余命35年あっても、人生の90%の体感時間は過ぎている」という結果となりました。
「歳をとると時間が早く過ぎる」と感じる法則〜体感時間の余命計算をした
今日は、体感時間をいかに引き延ばすよう取り組んだか、僕の仮説と検証結果を綴ります。
FIRE生活での仮説
体感時間は主観的なもので、脳による感覚として感じます。
脳が「初めての体験」に出会うと「これは重要だ」と判断し、深く記憶に刻みます。一方、日常での慣れ親しんだ「知っていること」は記憶を圧縮させます。
初めて通る道が「遠い」と感じても2度目はそう感じない現象のことです。
僕は、こうした体感時間の歪を踏まえ、引き延ばすための仮説を次としました。
・新しいことをする
・刺激を増やす
・世界を広げる
FIRE生活での検証結果
その結果、FIREから1年後には「体感時間が延びた」と感じました。
実際、FIRE生活の時間の使い方を数値で分析すると、「仕事をしていた時間(8時間/日)」は、FIRE後、次の3つに使っていました。
①新しい挑戦・学び(約5時間)
②丁寧な生活(約1.5時間)
③遊びや体験(約1.5時間)
つまり、サラリーマンの頃の労働時間は、新しい学び、資格取得、そこで得たスキルや知識の活用に使っています。
料理や家事も、「こなすもの」から「味わうもの」となり、新たな遊びや体験も増やしています。
こうして、体感時間が拡張し、生活のQOLも上がりました。
FIRE生活の広がり
また、FIRE生活は「広がった」という感覚もありました。
脳の作用として、非日常の体験は独立した記憶として残りやすい一方、日常は圧縮されて記憶に残りずらくなります。
脳が時間を振り返る際、「新しい記憶の量」で長さを判定するからです。
FIRE生活で経験した旅先での出来事や、空き家のリノベといった出来事は「記憶のしるし」があります。
それを、自由投資予算を作って、興味や関心を抱くものにブレーキをかけずに踏み込める仕組みも整え、体感時間をのばしました。
それを昨年、次の記事で綴っています。
時間の濃度比較~大学 vs FIRE生活
こうして、体感時間がのびたFIRE生活4年を、大学4年間と比べました。
大学4年間は僕にとって時間の濃度が最も高い期間です。
すると、FIRE4年間は、大学4年間と遜色のない「時間の濃さ」を感じます。
その理由は、
・大学時代は知識の量も質も断片的で、目の前の出来事を「点」で処理していた
→今は、新しい場所を訪れても、背後の歴史や文芸的価値を紐解きながら観察するので、受け取る情報密度が数倍になっている
・大学時代は「何が自分に合うか」を探る試行錯誤(ノイズ)が多かった
→今は、自己理解に基づいて「本当に価値がある」ことに集中し、「微細な違和感や奥深さ」を見つけやすい
終わりに
こうして、FIRE生活は濃い時間となったわけですが、そこにはある真理と摂理があると思います。
大学時代の「若さ」や「純真さ」は加齢で失っても、そのかわり今は「広い知識」、「自己理解の深さ」、「洞察」、そして「資金」や「経験値」を持っています。
僕に限らず、年齢を重ねると、こうした変化が起こります。
また、「時間は無限にある」と思っていた大学時代と違って、いまは「時間は有限だ」と感じます。
だからこそ、時間を大切にしようと思う動機も強くなっています。
人の脳が、加齢によって体感時間を短くしても、加齢によって体感時間を引き延ばす資産や動機は増える。
つまり、加齢での体感時間の減少は、それを補う資産を駆使すれば、ゼロサムになる。
人間の創造者は、そんな「自分の資産に気づきなさい!」という戒めで、作ったのではないかという、真理や摂理を感じるからです。
この、僕の自由研究をテーマとしたブログの最終回は、この「時間」を取り上げて終了します。
明日、あらためて最後の挨拶を兼ねて今後の抱負を綴ります。
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