「生涯現役の父 vs FIREした僕」の対立について

2026-03-14

経済的自由・FIRE

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僕はFIREして、いまはアーリーリタイア生活をしています。

時間の自由を手に入れ、お金そのものよりも、その先にある好奇心や体験、自分のペースで生きることを大事にしています。

そんな僕とは、人生観も価値観もまるで正反対の人がいました。

それが父です。

父は、いわゆる昭和の猛烈サラリーマンでした。

しかもかなり豪快で濃いタイプです。

父にとって人生とは、成功すること、稼ぐこと、社会の中で存在感を示すことでした。

いわば「生涯現役」で最後まで仕事とお金の世界から降りない人でした。

今日はそんな「生涯現役の父とFIREした僕」という生き方の対比をもとに、僕のFIRE生活の価値観や心情を綴ります。

成功とお金を追い続けた人生

父は50代で大手企業を辞め、起業しました。

小さな商社でしたが、父にとっては「成功への挑戦」でした。

事業のためなら借金もいといませんでした。

金融機関からも、親戚からも、そして僕からもお金を借りました。

結果として会社は倒産し、父は自己破産します。

当時の僕は、その姿をどこか冷めた目で見ていました。

たとえば僕はこう言ったことがあります。

「オフィスを移転して家賃を下げれば、もう少し長く続けられる」

でも父は聞き入れませんでした。

それどころか「貴様はそんな発想だから器が小さいんだ!」と怒り出す始末です。

父にとっては、守りに入ること自体が敗北だったのでしょう。

成功やお金を追い続けることが、父の中では人生そのものだったのだと思います。

僕にとっての父

だから僕は父のことを「尊敬する人です」とは言えません。

正直に言えば、「ムカつくオヤジだ」と思ってきました。

ただ、それで終わらないところが難しいところです。

父は、欲に対してとても正直な人でした。

成功したい。稼ぎたい。勝ちたい。

普通の人なら途中で怖くなったり、もっと別のものを優先したりします。

でも父は、80代で亡くなる直前まで、そこから降りませんでした。

その姿には、嫌悪もありました。

でも同時に、どこかで「この人はすごい」と感じる気持ちもあったのです。

破天荒で、厄介で、困った人でした。

けれど、欲を中途半端に誤魔化さない、その強さだけは本物でした。

父と僕の違い

そんな父を見ながら、僕はずっと「ああはなりたくない」と思ってきました。

成功のためにすべてを賭ける人生。

お金のために人間関係まで傷つける人生。

それは僕の望む生き方ではありません。

父は「もっと成功したい」と生きた人。

僕は「もっと自由でいたい」と生きようとしている人。

同じ親子でも、目指しているものはかなり違います。

そうした生き方の価値観は否定しません。

ですが、父は家族(母)に苦労をかけ、親戚や僕にも平気に借金をし、自分の欲求に突き進むことを何より優先した・・といことが、僕には受け入れがたい辛さです。

その反動からか、僕は「お金では買えないもの」に欲を持っています。

時間、好奇心、自由。

自分が納得できる生き方であり、自分の時間を自分で使うこととへの欲求です。

FIREという選択もその延長にあるのです。

終わりに

そんな「生涯現役で成功とお金を追い続ける父」と「早期リタイアで自由や好奇心を大事にする僕」は、価値観からみれば真逆の生き方です。

父をただ否定して終わることもできません。

父の生き方に対しては「嫌悪と憧れ」、「反発と影響」、「否定と理解」が混在しながらも、最終的には、父から欲に正直に生きること」そのものは学んだからです。

父との対立はただの反発ではなく、今の僕のFIRE生活の輪郭をつくる土台にもなっています。

それもこれも、壮絶な経緯があったからだと、過去の記事に書いた通りです。

「金・地位・名誉」の欲まみれ親族の遺産相続秘話(1/3)



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自己紹介

2022年3末に完全リタイア。FIREの自由で創る”自分らしいセカンドライフ” としてFIRE-Driven Lifestyle Innovationをテーマに、日々の気づきや経験を発信して精神的に豊かなFIREを応援します。
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