先日、大学のゼミ仲間で還暦同窓会を開きました。
卒業以来、40年近く会っていない人もいます。
「久しぶりすぎて話が合うのだろうか?」
正直、少し不安もありました。
でも、その心配はまったくの杞憂でした。
会が始まると、40年の時間はあっさり消えました。
今日は、還暦同窓会で僕が感じた「人間関係という資産」について綴ります。
肩書のない関係
サラリーマン人生では、さまざまな人に出会いました。
肩書で威張る人。
部下の数で自分の価値を語る人。
上にはへりくだり、下には強く当たる人。
組織には立場や役割があるので、ある意味仕方のない部分もあります。
ただ、30年もそんな世界にいると、人間関係をどこか冷めた目で見るようになります。
ところが同窓会はまったく違いました。
誰も肩書で呼びません。
「〇〇」
「〇〇君」
「〇〇ちゃん」
大学生の頃と同じ呼び方です。
どんな会社に勤めたか、どんな役職だったか・・そんなことは関係ありません。
そこにあったのは、ただ「昔の名前で呼び合う関係」でした。
とても自然で、そしてとてもフラットな空気でした。
時間がつくる関係
同窓会で面白かったのは、大学時代の話が自然に出てくることです。
「お前、あの頃こんなことしてたよな」
自分ではすっかり忘れていた学生時代のエピソードを、友人が覚えています。
そして僕も、友人の当時の姿を思い出します。
そうして話していると、ふと気づく瞬間があります。
「当時の友人」と「今の友人」の違いです。
友人の、変わらない本質と、社会に出て変わった部分。
彼は彼の人生を歩みながら、40年という時間の地層が積み重なっている。
そんな地層が見える感覚でした。
途中で、亡くなった同窓生の話にもなりました。
当時の写真を見ながら思い出話をすると、涙ぐむ女性たちも沢山いました。
笑いと涙が交じる、特別な時間でした。
人間関係という資産
実はこの同窓会の準備はなかなか大変でした。
幹事グループを作り、連絡を取り、日程を調整し、会場を決める。
手間も時間もかかりました。
それでも会の最後に、
「本当に集まれてよかった」
「最高の会だった」
そんな言葉をかけてもらい少し胸が熱くなりました。
帰り道、ふと不思議なことに気づきました。
大学時代、飲み会を企画しても半分も集まらなかったのに、40年経った今は、こんなにも多くの仲間が集まる。
おそらく理由はひとつです。
大学という場所は、同じ関心や価値観を持つ人が集まる場所だからです。
価値観が近い関係は、時間を経ても自然に残ります。
むしろ時間とともに、少しずつ熟していく。
人間関係という資産は、お金のように積み上げるものではなく、時間によって熟していく資産なのかもしれません。
終わりに
もし僕がまだサラリーマンだったら、この感覚はどうだったでしょう。
きっと同じように「いい時間だった」と思ったはずです。
でも翌週には仕事に戻り、忙しい日常の中でその感覚は薄れていったかもしれません。
人間関係が大切だと頭ではわかっていても、そこに時間を使う余裕はありません。
今、FIRE生活をしているからこそ、幹事を引き受け、こういう時間を作ることができました。
そして、40年ぶりに集まった仲間との交流で、価値観でつながった関係は時間を経ても消えない、むしろ時間とともに熟していく。
同じ価値観でつながった関係があること自体が、僕にとっての資産だということです。
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