FIREをしてから、「豊かで穏やかな時間」を過ごしていると感じることが増えました。
でも、その「豊かで穏やかな時間」とは、具体的に何なのでしょうか。
4年近くFIRE生活を続けてきた今、僕は「時間の量」だけでなく、「時間の質」が変わったことが大きいと感じています。
今日は、そんなFIRE後の日常にある「時間の質」について綴ります。
時間の質の変化
僕の場合、FIREから半年ほど経つと、リタイア直後の強い解放感は少しずつ薄れていきました。
その代わりに増えてきたのが、日常そのものを穏やかに感じる時間です。
サラリーマン時代には「タイパ」を意識することが多かったのですが、それも薄れ、時間の余白そのものに心地よさを感じるようになりました。
時間効率より、時間をどう感じるか。
僕にとっては、そんな「時間の質」の変化がありました。
リタイア後の時間の過ぎ方
リタイア後は、目覚まし時計を使っていません。
朝、自然に目が覚めたときが起きるときです。コーヒーを豆から挽き、香りを感じながらお湯を注ぐ。掃除や料理も少し丁寧にやってみる。包丁の切れ味を楽しむこともあります。
昼間に外へ出て、あてもなく歩くこともあります。
どれも特別なことではありません。
サラリーマン時代の僕なら、仕事の目標や予定が頭から離れず、こうした時間を「何もしていない時間」「無意味な時間」と感じていたかもしれません。
でも今は、以前ならノイズとして通り過ぎていたような時間にも、心地よさを感じます。
サラリーマン時代との穏やかさの違い
会社員の頃も、穏やかで心地よい時間はゼロではありません。
平日の深夜に帰宅すると、子供たちがすやすやと寝ている。それを見て穏やかな気持ちになりました。
日曜日、朝寝坊をしても「良かった、今日は休みだ」と穏やかに感じました。
ただ、それらは一時的なものです。
翌朝が来ればまた状況は変わります。
リタイア後は、「今日も自由に過ごせる。明日も同じように過ごせる」という感覚があります。
一時的な休息ではなく、この生活が続いていくと思えることが、心の落ち着き方を変えたように感じます。
穏やかな時間の前提
振り返ると、この穏やかさにはいくつかの前提があるように思います。
一つは、仕事から完全に離れていることです。自由な時間があっても、頭のなかを仕事が占有していれば、僕の場合は同じような穏やかさにはなりません。
二つ目は、生活が無理なく成り立っていることです。たくさんお金を使うという意味ではなく、自分に合った生活水準で、健康的に暮らせているという安心感です。
そして三つ目は、いつでも「やりたい」を選べることです。寝たければ寝る。旅行に行きたければ行く。いくつもの選択肢のなかから、自分で決められる。
こうした状態があるからこそ、何かを達成していない日常の時間にも、豊かさを感じられるのかもしれません。
終わりに
FIREをして得たものとして、最初に思い浮かぶのは「自由な時間」です。
でも4年近く暮らしてみると、大きかったのは時間が増えたことだけではありませんでした。同じ時間をどう感じるか、その質まで変わってきたように思います。
何かを達成しなければいけない。何かを得なければ意味がない。サラリーマン時代の僕には、そんな感覚がかなりありました。
今は、コーヒーを淹れる時間や、料理をする時間、目的もなく歩く時間にも心地よさを感じます。以前なら「何もしていない」と思っていた時間です。
豊かさとは、何かを増やすことだけではなく、すでにある時間をどう感じられるかにもある。
FIREから4年近く経って、僕はそんな「豊かで穏やかな時間」を、日常のなかで感じるようになったことが、FIREがもたらした究極のメリットの一つだと感じます。
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