今日は、FIRE後の幸福感(Well-Being)に関わる「日常の時間の質」について綴ります。
リタイア生活をしてしばらく経った頃、ふとした違和感がありました。
特別なことは何もしていないのに、なぜか満たされているからです。
旅行に行っているわけでもなく、刺激的な体験をしているわけでもないのに、日々が穏やかに流れている感覚でした。
「これでいいのか」と思う気持ちと、「これがいいのかもしれない」という感覚が混ざるものです。
日常の中にある心地よさ
リタイア後は、目覚まし時計を使いません。
朝、自然に目が覚めて、そのまま起きる。それだけで一日が始まります。
コーヒーを豆から挽いて、香りを感じながらお湯を注ぐ。
掃除や料理も、少しだけ丁寧にやってみる。
昼間に外へ出て、あてもなく歩く。
どれも特別なことではありません。
サラリーマンの頃なら「何もしていない時間」、「無意味だ」と感じそうな、あらゆる時間が、静かな豊さで満たされています。
少しの違いが、大きく違った
会社員の頃の週末にも穏やかな時間はありました。
ただ、その穏やかさは「今日は休みだ」という安心感の上にありました。
それは、月曜日を迎えれば終わるものだとわかっています。
リタイア後は違います。
「今日も自由に過ごせる」、「明日も自由に過ごせる」。。
そういった永続に続くとう感覚があることで、心の落ち着き方がまるで違いました。
崩れなかった前提
振り返ると、この感覚にはいくつかの前提がありました。
まず、完全に仕事から離れていること。
仕事のことを気に留める“思考の占有”があると、穏やかな時間が乱れてしまいます。仕事を完全に手放すからこそ頭の中が静かになります。
次に、生活が整っていること。
お金を多く使うという意味ではなく、時間を使って、健康的で無理のない生活を送れているという実感です。
そして、いつでも「やりたい」を選べること。
何をするかを、自分の基準で決められます。寝たければ寝る。旅行に行きたければ行く。選択肢を沢山持っていて、自分で選べるという感覚です。
その状態があるだけで、日々の平穏な豊かさはまったく違うものとなるのです。
時間の流れが変わった
時間の流れる方向も違います。
会社員の頃は、時間の多くが“役割”に向かって流れていました。
会社で決められた目標や、そのために必要な学びも、やるべきことであり、求められることでした。
FIRE後は、そうした時間がなくなります。
自分が「やりたい」と思うことに時間を使うようになります。
会社の義務ではなく自分の興味から選びます。
時間の前提も中身もまったく違う、その変化が、サラリーマン時代にはなかった「穏やかな満足感」につながるのでしょう。
名前のなかった感覚
こうした日々を過ごす中で、この感覚を表す近い言葉を思いました。
それは「WELL-BEING」という言葉です。
何かを達成したわけでもなく、何かを得たわけでもない。ただ、日常の時間が心地よく流れているだけで十分だという感覚です。
終わりに
FIREをして得たのは、特別な自由ではありません。
むしろ、日常の時間の質が変わったこと。その時間を、自分で選べるようになったこと。
豊かさとは、何かを増やすことではなく、すでにある時間の感じ方を変えることなのかもしれません。
この気づきが、FIREで得られる最も基本的で根本的な幸福感だと感じています。
「FIREして本当に良かった。」
そう穏やかで豊かな気持ちをもって感じられることが、FIREがもたらす究極のメリットです。
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