FIREを決めたエピソードと”ある感覚”

2026-03-20

経済的自由・FIRE

t f B! P L

FIREの決断というと、多くの人はまず経済的な実現性を考えます。

資産はいくらあるのか。どれくらい持つのか。

僕も当然、その点は考えていました。

ただ振り返ってみると、それだけでは決断には至りませんでした。

「できる」という状態と、「したい」と思えるかどうかは、少し違うものだったからです。

そんな「したい」という感情は、「卒業式」という出来事から生まれました。

今日はFIRE決断を後押することにつながったエピソードを綴ります。

「できる」と「したい」は違う

FIREの話はどうしても「できるかどうか」で語られます。

僕は40代後半で経済的自立をした時に、その条件を満たしていました。

それでもすぐに早期リタイアの決断に至らず、結局、僕は50代半ばでリタイアすることになりました。

40代後半の当時「まだやるべきことがある」という感覚があったからです。

仕事で取り掛かっていたプロジェクトを、途中で手放すのがもったいない、最後まで携わりたいという気持ちです。

だからやり切るまでは、早期リタイアは経済的にできても、心理的に「したい」という感覚は生まれなかったのです。

”してもいい”という感覚

そうした感覚は、子供が大学を卒業したタイミングで突然訪れました。

僕は離婚をしていましたが、親としてできることはきちんとやろうと思ってきました。

お金という面でも、進路という面でも、できる限りのサポートはしてきたつもりです。

コロナ禍だったので、子供の卒業式はリモートで参加してみました。

厳かな雰囲気の中で式が終わった瞬間、ふと「家庭の義務はやり切ったんだ」と実感しました。

解放感と、少しの寂しさ

すると、複雑な感情となります。

「子供が無事に卒業した」という安心感と解放感。そして同時に、少しの寂しさもありました。

家庭を作ると判断して生きてきたわけで、これまで当たり前に「親としての役割」をしてきました。

自分が独身を選べば、きっともっと自由で楽しい人生も送れたかもしれませんが、家庭を作る以上は、最後までやり切らないといけません。

その役割が終わると実感すると同時に、充実感と空虚さが湧いてきました。

自分の中の役割が変化し、「ああ、これで早期リタイアしても良いのだ」と思えました。

”したい”と変わった瞬間

卒業式も終わり、パソコンの前でぼーっと子供の成長の道筋を振り返ってみました。

よちよち歩きの段階から今に至るまで、病気になって心配したり、学校行事で楽しかったり、親として嬉しかったこともあります。

そんな子供がいまは社会に飛び立ち、新たな生活を切り開こうしています。

すると自分だけが感傷に浸って現状維持のままでいると「取り残されてしまう」という気がしてきました。

そして「自分も次に進んでみたい・・」という気持ちが急に強くなりました。

僕はそのから仕事もやり終えたタイミングとなり、1年後、早期リタイアをしました。

終わりに

FIREの決断は、数字や計算だけで決まるものではないと思います。

僕の場合、経済的な条件は整っても、それだけでは十分な理由になりませんでした。

子供の卒業式に参加し、自分の役割の終わりからくる嬉しさや寂しさを感じながら、子供が堂々と社会に出るのを見送る。

すると自分も「一歩踏み出そう」という気持ちが、自然に生まれたのです。

このFIRE決断は、経済的な理屈で「できる」というより、人生ステージの変化から「したい」という感覚で至ったものです。

こうした納得感ある判断ができたことは、恵まれていると思っています。


ランキングも参加してます。参考になる部分がありましたら、ぜひポチっとしていただけると励みになります。



自己紹介

2022年3末に完全リタイア。FIREの自由で創る”自分らしいセカンドライフ” としてFIRE-Driven Lifestyle Innovationをテーマに、日々の気づきや経験を発信して精神的に豊かなFIREを応援します。
PVアクセスランキング にほんブログ村

このブログを検索

QooQ