FIREしたと人に伝えたとき、僕にとって一番困る反応とは

2026-03-19

経済的自由・FIRE

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僕がFIREしたことを知人などに伝えると、様々な反応があります。

その中で、僕が最も困る反応が「仕事が嫌だったから辞めたの?」というものです。

というのも、僕は仕事が嫌いだったわけではなく、むしろ、好きだったと言っても過言ではありません。

ただしこれは、仕事=ストレスと捉える人にとっては、「なぜ、仕事が好きなのに辞めるのか?辞めたということは嫌いだからでしょ?」といったように、矛盾に見えます。

今日は、こうした矛盾にも見える状態がなぜ起こるのか、その背景にある感覚を綴ります。

仕事は面白いこともあった

サラリーマン生活にはやりがいもありました。

自分で考えた企画が形になったり、事業が少しずつ広がっていくときは、純粋に面白いと感じました。成果が出たときの達成感もありました。

ただ同時に、仕事は全てが好きで楽しいというより、9割の忍耐のうえで得られる1割の達成感が好きといった感じです。

なので、9割の忍耐として、無駄な会議、資料作成、管理業務。あるいは会社の正式な飲み会も仕事の延長と捉え、会費を払って二次会までは付き合います。

こうしたことは、楽しいものでもありません。

それでも、忍耐の先にある達成感や経済メリットに価値があるゆえ、仕事は続けていました。

週末が消える感覚

そんな僕が疑問を持ち出したのが時間の消費の仕方です。

当時、月1回は出張で時差のある場所にいきまいた。日本を日曜日の昼に出て、現地時間の夕方に現地に入ります。そして月曜から金曜まで働き、土曜日の午前に現地を出発します。すると日曜日の夜に自宅に戻ります。

ほっとしてテレビをつけると「サザエさん」が流れています。

ふと「もう日曜日の夜で明日から仕事か。週末が丸ごと消えた。」という感覚になりました。

こればかりではなく、個人旅行で行く先でもメールをチェックしたり、平日の夜遅くに電話会議をしたり、とにかく「プライベート時間人生)を削っている」と感じました。

終わりに

以上のように、僕は仕事にストレスはなく、むしろ好きだったと言えます。

それなのになぜ仕事を辞めるのか、質問者に説明するのは困難です。

質問者の背景には、「仕事=ストレス=辞めたい、仕事=好き=辞める必要がない」という考えがあり、僕の考えは、論理破綻であり矛盾だと感じるからです。

でも僕からすると、有限な人生の最適を求めると、サラリーマンとしての時間の使い方は無駄以外のなにものでもありません。

自分の時間を仕事と交換する「適正レート」に照らしても、合理的ではありません。

これは、時間を大事にする感覚が強くなることで生まれるもので、やはり、ある程度の年齢に至ったり、健康を害するなどで「人生の時間は有限だ」と実感せずに、誰もが理解することはできないのかもしれません。

質問者にシンプルに回答するなら、「僕も仕事は嫌いです(=人生の時間を削られるから)」でも、良いのかもしれません。


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自己紹介

2022年3末に完全リタイア。FIREの自由で創る”自分らしいセカンドライフ” としてFIRE-Driven Lifestyle Innovationをテーマに、日々の気づきや経験を発信して精神的に豊かなFIREを応援します。
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