人間関係は、サラリーマン時代もFIRE後も、僕にとっては「資産」と感じています。
ただし、サラリーマン時代の人間関係は、「好き嫌い」と切り離し、評価や役割を前提に構築されたフェイクなものです。
仕事を円滑に進めるうえで合理的な関係だと割り切っていましたし、その役割が消えれば終わってしまう関係です。
結果として、会社での関係は利害を超えた仲間以外は自然に消えましたし、同時に、この4年間は、自分の価値観を軸に人間関係を再構築してきました。
今日は、FIRE後に残った人間関係という資産について、自分の果たしている役割も考えながら整理してみます。
① 会社の人間関係の中で、FIRE後も残ったもの
FIRE後も続いている会社関係の人間関係はごくわずかです。
消えたのは、自分の利益のために人間関係を使う人、組織目標のために人を消耗品のように扱う人。こういった人とはもともと割り切った関係でした。
一方で残ったのは、会社や利害を超えて「お互いに尊重しながら向き合ってきた人」たちです。
一緒に難題に立ち向かい、互いの弱さや限界も知っています。
今は頻繁に会わなくても、近況を聞くだけで相手の状況が想像できる、そんな「同志」に近い感覚です。
自分にとって過去の自分の努力や時間を肯定してくれる「静かな信頼資産」です。
肩書きが消えた今、自分が提供できている価値も、サラリーマンとは違う経験や視点、そして変わらない敬意だと感じています。
② 学生時代から続く古い友人
学生時代の友人とは、必ずしも深く理解し合って関係を築いていたわけではありません。
当時は自分も相手も価値観は未完成であり流動的です。深夜まで語り合っても、勢いやノリに支えられた関係も多かったと思います。
それでも、こうした古い友人には特有の価値があります。同じ時代を生き、変わる前の自分を知っている。アップデートは少なく、新しい刺激も多くありません。けれど、久しぶりに会っても距離を感じません。
これは自分にとって、安心感を供給してくれる精神的なベースです。
そして自分が提供している価値もまた、そんな彼らを昔から知っていて、変わらずそこにいるという「継続性」なのだと思います。
③ 価値観が固まった後に出会った人間関係
サラリーマン時代の後半、会社とは別のルートで知り合った人たちがいます。
趣味の仲間、子どものスポーツクラブを通じた親同士の関係、仕事上の取引先などです。
この頃には、自分の価値観や人生観がある程度固まっていたので「合う・合わない」がはっきりわかりますし、合う人とは自然と深い関係になります。
会社という枠がない分、表面的な付き合いになりにくく、考え方や生き方そのものを語れる関係です。
特に趣味の仲間たちは、今の自分にとって最も密度の高い人間関係です。
ここでは時間や関心、経験を惜しまず提供でき、相互に価値を生み続ける関係になっています。
FIRE後の人間関係ポートフォリオ
整理してみると、FIRE後の人間関係は次のような構成です。
-
古くて深い関係
→ 過去の自分を肯定してくれる信頼資産 -
古くて浅いが切れない関係
→ 安心感を与えてくれる精神的ベース -
新しい関係
→ 今とこれからを豊かにする成長と刺激の源泉
これらを数で増やすのではなく、自分の時間設計の中で無理なく配置しています。
特に、新しい関係はサラリーマンという枠組みを超えた多様な人たちなので、自分にとってはFIRE生活での大きな刺激になっています。
今の僕は浅い関係を否定せず、深い関係に過度な期待もかけない・・そんな異なる役割を持つ資産を組み合わせることで、生活全体のバランスを取っています。
終わりに
FIRE後の人間関係は、断捨離の結果として残ったものではなく、自分の価値観に合わせて再構築してきたポートフォリオです。
安心の土台、深く思考を交わせる関係、気軽に刺激をくれるつながり・・形はこれからも変わっていくでしょう。
長期投資の一環として、これからも人間関係という資産を育て続けたいと思っています。
そして今、FIRE総括として考えている最後のテーマは「この関係性の中で、自分はどんな価値を提供できうるのか」です。
表裏一体の真実として、自分がその人間関係のなかで提供できる価値=今の自分のアイデンティティそのもの、だと思っています。
FIRE後のアイデンティティはこうした人間関係のなかで作られている面も大きいと感じます。
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