「資産は十分にあってFIREできるはずなのに、無職になるのが怖い」・・こうした悩みを、僕はこれまで何度も耳にしてきました。
この感情は、決して弱さでも未熟さでもありません。むしろ、多くの人が正直に抱えている、ごく自然な不安だと思います。
今日は、この「無職・肩書喪失の恐怖」を、FIRE前にどう整理しておくべきかについて、僕なりの考えを整理してみます。
無職が怖いのではなく「未完了」が怖い
この不安の正体は、「無職」そのものではありません。
本当に怖いのは、「やりきっていない感覚」や、「途中でレールを降りた自分をどう評価するか」という、内側の問題です。
世間の目や肩書以上に、自分自身が「逃げたのではないか」、「まだ出し切れていないのではないか」と感じている状態が、無職への恐怖を強めます。
だからこそ、FIRE前に「仕事をどう終えるか」という折り合いが重要になります。
「やりきる」は社会基準でなく自分基準でいい
ここで多くの人が誤解しがちなのが、「やりきる=社会的に成功すること」という発想です。
昇進、評価、出世、限界まで働くこと・・これらはあくまで、社会のレールに沿った相対的な基準にすぎません。
FIRE前に必要なのは、競争に勝ったかどうかではなく、「自分のキャパシティを、自分なりに使い切ったと言えるか」という問いです。
もし、「社会の価値観に沿ってやりきる必要がある」という発想がどこかに残っているなら、それは今のうちに一度、脇に置いて考えてみたほうがいいと僕は思います。
僕が「もう十分だ」と感じた線
僕自身の場合、リタイアできる資産ができた後も、しばらく仕事を続けました。
50代でのFIREは、多くの場合、仕事復帰を前提としない不可逆な選択になります。だからこそ、中途半端な感覚のまま辞めると、その後に「引き返せない後悔」を抱えやすいと感じていました。
そこで僕は、「もう十分だ。後悔はない」と自分で言える瞬間が来るまでは、仕事を続けようと決めました。
結果として、その線を自分の中で越えたとき、案外とリタイアの決断は静かに、すっとできました。
無職になる決断というより、「仕事を終えた」という感覚に近かったと思います。
折り合いは、仕事以外でもつけられる
この折り合いは、必ずしも昇進や評価といった競争社会的な軸でつける必要はありません。
たとえ静かな退職状態で日頃、実力を出し切らずに流しモードで仕事をしていても、FIREを実行する前に、最後に一つ、自分なりのゴール線を引いて、「ここを超えたら辞める」と決めてから辞めることでも十分だと思います。
その折り合いは「後輩を育てる」でも「ノウハウを残す」でも良いのでしょうし、仕事以外でも構わないと思います。
ブログなどで自分の考えを言語化し、誰かに読んでもらうことや、家族や友人に、自分なりの区切りとして説明し、FIREを理解してもらうことです。資産形成で「ここまで」と決めた目標を設定し、それを達成することでも良いと思います。
大事なのは、FIREをする時、そうした自己肯定感を持てる形でゴールすることです。それによってFIRE後の「無職」とか「肩書のない自分」というものを肯定的に捉えられるからです。
終わりに
無職・肩書喪失耐性は、生まれ持った性格ではありません。
FIRE前に、仕事やこれまでの生き方とどう折り合いをつけられたか、その「終え方」に大きく左右されると思います。
もし、無職になることや肩書を失うことが怖いと感じるなら、その不安を無理に消そうとする必要はありません。
その前に、自分なりに「ここまでやった」と言える妥当な線を引き、折り合いをつけることができれば、きっぱりFIREに踏み込めますし、FIRE後の「無職」という状態も怖いものではなくなるはずです。
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