Die With Zeroを読んで、強く共感した人は多いと思います。
人生は有限で、できなくなることは確実に増える。仕事に時間を使いすぎると、体験や思い出の複利を逃す。どれも、もっともだと感じる指摘です。
僕自身も、この本の考え方にはかなり共鳴しています。
ただ正確に言うと、僕はDie With Zeroを読む前から、結果的に同じ生き方を選んできた側でした。
僕がFIREを選んだ理由は、資産を増やすためでも、働かずに楽をするためでもありません。
人生の可処分時間を取り戻す手段として、アーリーリタイアが自分に合っていると感じたからです。可処分時間を「後悔しない生き方」というテーマ実践に充てるためです。
そんな「後悔回避」を中核に置く生き方の構造について、Die With Zeroに沿って解き明かしたいと思います。
Die With Zeroが強く刺さる理由
Die With Zeroが多くの人に刺さるのは、刺激的だからではありません。
誰もが薄々気づいている現実を、真正面から言語化しているからです。
人生は有限である
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できなくなることは確実に増える
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お金や時間は「いつ使うか」で価値が変わる
これは価値観ではなく、構造の話です。
だから論破の余地がなく、読者は「正しい」と感じてしまう。
特にこの本が深く刺さるのは、「後悔したくない」という感情を、人生設計の中心に置いている人たちです。
「後悔回避」を判断軸とする人の特徴
Die With Zeroに強く共感する人は、快楽の最大化よりも、後悔の最小化を優先する傾向があります。
楽しかったかどうかよりも、「やらなかったことで、将来後悔しないか」を判断基準にする。
この思考は一見すると慎重すぎるように見えますが、実際にはとても主体的です。人生のハンドルを、社会や会社ではなく、自分の手に取り戻そうとしている状態だからです。
僕自身も、「いましかできないことをやらずに時間が過ぎてしまう」ことに、強い恐怖を感じていました。この感覚こそが、FIRE(経済的自立と早期リタイア)を決断し、実行に踏み切った根底にあった危機感です。
FIREと未来基準型の親和性
前回の記事では、FIRE後の幸福評価には二つのタイプがあると整理しました。
会社員時代との環境差分で評価するタイプと、未来の理想像との距離で評価するタイプです。
詳細はそちらに譲りますが、僕の主軸は後者でした。
未来の理想像として、「後悔しない生き方」というテーマが重要で、それに強く引き寄せられてきました。
FIREは、未来基準型の人にとって非常に相性の良い選択です。
会社という共通の評価軸が消え、自分自身の判断基準だけが残るからです。
その結果、「これは最適か」「将来の自分に説明できるか」と、後悔回避をその都度、判断できるからです。
終わりに
Die With Zeroに強く共感する人は、刹那的なのではなく、「後悔しない人生」を本気で考えている人だと思います。
僕自身も、その一人であり、この思考を軸にFIREを選び、時間の使い方を組み替えてきました。
ただ一方で、「後悔回避」を判断基準にし続けることで、自由になったはずの人生が、別の形で重くなる感覚も生まれてきました。
最適解を探し続けてしまうこと、判断が慎重になりすぎること。この違和感こそが、いま僕が向き合っている課題です。
次の記事では、この違和感の正体を、「お金・時間・健康」というインフラ資産の視点から整理し、Die With Zeroに共感する人ほど陥りやすい落とし穴について綴ります。
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