僕は早期リタイア後の時間を、できるだけ自由にそして後悔のないよう使ってきました。
FIREから4年が経ったいま振り返ると、「体験の数」ではなく「体験の質」が過ごした時間の豊かさに大きく左右すると感じます。
実際に僕がやったのは、旅行、資格取得、語学や料理などの教室に通ったり、友人との交流にも時間を投じたりと、どれも楽しく感動もありましたが、そこには強く記憶に残っている体験と、そうでない体験がはっきり分かれていると気づきます。
今日はそんな体験に関する気づきを、あるエピソードをもとに整理してみたいと思います。
母の一言から始まった想定外の体験
振り返って特に印象深い体験のひとつが、母との何気ないやり取りから始まりました。
母はある日、「私が死んだら、親戚が誰で、どういう関係かわからなくなるでしょ」と言い、手帳に親戚の名前と関係を書き留めていました。
そんな心配は不要で、「今の制度なら戸籍を辿って家系を整理できる」と、実際に戸籍を取り寄せ、母も知らなかった先祖まで遡って家系図を作りました。
これはFIRE前の「やることリスト」には入っていない想定外の行動です。
母の不安を取り除き、「いまの自分があるのは先祖のおかげだ」という感覚もあって先祖を知る家系図作成を進めました。
結果的に自分自身の人生観にも深く影響しました。
記憶に残る体験に共通していた5つの要素
この家系図づくりを含め、僕のなかで強く記憶に残っている体験を振り返ると、共通点がありました。
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もともと計画していなかったこと
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誰かを思いやる行動の先にあったこと
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自分だからこそできたこと
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やる過程で新たな発見があったこと
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結果が形として残ったこと
とくに重要だったのは、④の「プロセス」です。
家系図を辿るなかで、先祖がどの土地でどう生き、誰がどんな事情で生活圏を変えたのかが見えてきました。
グーグルマップで村を確認し、当時の産業や生活を調べることで、単なる作業が「人生を想像する時間」に変わっていったのです。
自分だけで完結しない体験が残すもの
完成した家系図を母に説明し、また「先祖が住んでいたのはこの街で、これは〇〇街道にある〇〇の産業で有名なところ」とマップを見せて解説しました。
また「この代は長男が幼少で亡くなった。次男が生まれたら、次男になぜか長男っぽい名前を付けた。なぜだろう?」など話しをしました。
母は「生きているうちに知れてよかった」と喜んでくれましたが、思い返せばサラリーマンの頃に作った「やることリスト」は「自分が楽しむこと」が中心でした。
そんなやりとりで、誰かの記憶に少しでも温かく残る体験のほうが自分にとっては嬉しい体験だと思い、自分だけで完結するやることリストは、どこか的をえていないと感じました。
まあ正直に言えば僕は孤独耐性が強いタイプでもないのだと思います。
自分だけで完結する孤独の美学より、誰かに喜ばれることの記憶も合算した体験のほうが良いのかもしれません。
終わりに
僕はFIRE後の4年間をひとつの大学生活のように捉えていて、4年で一区切りをつけたいと思っています。
健康寿命には限りがあり体力的にできないことも増えてくるので、次の4年は「記憶に残す体験を創る」にもっと上手に取り組まないといけません。
サラリーマン的発想でありがちな「計画していたことの消化」をやるよりも、いかに自分+誰かのためというきっかけで、想定外の体験を引き出し、それを自分ならではの方法で完遂しながら、その過程や結果を記憶に残す・・というのが方向性です。
次はこの感覚をもう一段抽象化し、「記憶に残る体験の条件」として整理します。
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