それは単なる気分や贅沢志向への変化ではなく、「何を最大化しようとしているのか」という評価関数そのものが変わった感覚です。
今日はこの判断軸の変貌について綴ります。
サラリーマン時代の支出判断~資産最大化
サラリーマン時代、僕のお金の使い方には明確な物差しがありました。
1つは「労働換算」です。10万円の支出に対して、「これは時給〇〇円の自分が何時間働く価値があるのか」と考える方法でした。
もう1つは「将来価値換算」です。そのお金を5%で運用した場合、将来いくらになるかを想定し、「将来の価値を捨てるほどの意味がある支出か?」と自問する方法です。
5%で複利運用すれば15年後には2倍(20万円)です。なので「将来の20万を捨てるだけの価値があるか?」と考えます。
この2つの思考は資産形成期において極めて有効な規律でした。
無駄遣いを排除し、貯蓄率を高め、最短距離で資産を大きく築く。そのための防衛システムとして、無駄な支出を防ぐ防衛システムのようなものです。
リタイア後に訪れたモノサシの「消失」
ところが、リタイア生活に入ってからいつのまにか、これらの物差しを使わなくなっていることに気づきました。
労働をしていない状態では、労働換算は現実味を失います。また、将来価値換算も、「将来さらにお金を増やしたい」という動機が薄れるにつれて、判断材料としての存在感を失っていきました。
これは浪費に走ったという話ではありません。
むしろ、これまで前提としていた評価基準が、静かに役割を終えたという感覚に近いものです。
資産最大化から時間最大活用へ~評価関数の書き換え
いまの僕の支出判断の中心にあるのは、「このお金で、残された健康な時間をどれだけ豊かにできるか」という問いです。
15年後に2倍になるかどうかよりも、健康寿命として残された20年弱を、どんな体験や余白で満たせるか。
この問いを前にすると、お金はもはや「増やす対象」ではなく、「時間の質をどう編集するか」という役割へと自然に変わっていきました。
時間は、お金と違って不可逆です。
お金は時間をかければ増やせますが、時間は使えば確実に減っていく。この当たり前の事実を、リタイア後は否応なく突きつけられます。
だからこそ、将来のお金をどれだけ増やせるかよりも、「いま」という時間の現在価値をどう評価するかが、支出判断の核心になりました。
終わりに
リタイア後には「お金を有効に使うべきだ」という言葉がよく語られます。
しかし、その実践は意外と曖昧です。
「旅行予算を2倍にした」とか「外食の単価を上げた」といったルール変更だけでは、単に財布の紐が緩んだだけで、本質的な変化とは言えません。
本当に大事なのは、支出そのものではなく、支出を評価する物差しがどう変わったかです。
労働換算や将来価値換算を自然と使わなくなった自分を振り返り、ようやく僕も「資産を最大化し続けなければならない」という呪縛から、リタイア後の自分は解放されつつあるのだと感じています。
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