完全リタイアから1年半のいま、会社員にはとても戻れないと感じています。
その理由は「仕事という責任を負いたくない」というものです。
それは「仕事での責任が嫌だ」といった単純な好き嫌いではありません。
責任を果たすことに伴う承認欲求(必要とされているという感覚)の満たし方が、会社員の時とリタイア後の今は変化したからです。
これは、リタイア当初は解放感から来る欲求レベルで「会社員に戻れない」というものからより本質的なものに変化したということです。
今日はそんな「充たされて生きる」という実践が変わってきた結果、いよいよ「会社員には戻れない」と思う市況について綴ります。
仕事の責任とは何か(リタイア後の感覚)
リタイア2年が経過したいまは承認欲求という意味合いで「仕事で責任を背負っている会社員に戻る必要性を感じない」と感じています。
逆に言えば、会社員のころ、責任を持たされるというのはプレッシャーや戸惑いはあれどどこか「期待されている」という認められ感であり承認欲求を得て嬉しかったりしていました。
本当、不思議なものです。
例えば、ある組織再編で自分が担当する仕事の範囲が減ったことがあります。
普通であれば「やった、仕事の責任が減ってラッキー」となるところ、現実は「期待されていないのか?」と残念な気持ちになったのです。
給与は変わらないのに。。。
結局それは「はりあい」であり「承認欲求」というものです。
会社員は働くことが当たり前で避けられないので、心情としては「どうせ責任を負うなら期待されてるほうが張りあいがある」という気持ちが強かったのか思います。
これがリタイアした今となれば「承認欲求」という動機がなければ、責任なんて積極的に負う気力は持てないと感じています。
もはや仕事を通じて承認欲求を得たいと思わないからです。
リタイア後の承認欲求
ではリタイア後の承認欲求はどうなったのか?という軸の変化について考えました。
会社員としては絶えず他者の評価であったり会社という団体の目標が念頭にあります。
ですがリタイア後は、「いつ、どこで、誰と、何をする」というのも全て自分が決めて自分で行動する日々に変わります。
そんな会社員時代の「他者からの期待に応える」という他人軸の日々から、リタイア後は「自分が納得できるか否か」という自分次第という軸移動が起こります。
まず1つは、サラリーマン時代は他者の判断や基準に委ね、それに応えようと散々自分なりにやり尽くしたと思います。
なので燃え尽きた結果、「もう自分を認めても良いのでは」といった自己容認の感覚がリタイア時にはできていたのだと思います。
そしてリタイア後は、そうした他者評価や承認を求めなくなって、それよりも「自分の納得感があれば良い」といった自分の軸で判断するようになった気がします。
終わりに
ちなみに「会社員に戻れない」という感覚はリタイア直後から持っていましたが、それは形を変えています。
こんな感じです。
①リタイア直後=これ以上は仕事に時間を費やしたくない
②1年後=会社に行くにも通勤が面倒、飲み会が嫌だ
③いま=(社会的な承認欲求も必要としないゆえ)仕事で責任を負う意味や価値を感じないし他人の評価より自分の人生への納得感が大事。
というものです。
それが2年という月日なので、そんな過去当時の心境も記事から辿っていけます。
完全リタイアから1年、サラリーマンに戻れない真の理由がわかってきた
「やはりサラリーマンには戻れない」と僕が強く感じたリタイア後の出来事TOP3
ランキングも参加してます。リタイア2年経過での本質的な変化についての体験ですが、当事者たる現役サラリーマンの方にはピンと来ないかもしれません。でも何かの気づきになればポチっと賛同・応援お願いします!
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