早期リタイア後、「先祖を敬う」という意識も強くなってます。
いまこうして、平穏に完全リタイア生活を健康に送れているのも、先祖があるからこそここに自分がいるからです。
そう考えると、今の状態を先祖に感謝せずにはいられません。
ということで、リタイア後、時間を費やして取り組んでいる1つの「家系図作り」について、今日は綴ります。
家系図作りのきっかけ
きっかけは、父親が亡くなってからのことです。
母親が「親戚のリスト」やら「家系図」を手書きで作っていました。
親戚や従兄など、僕も名前は知っています。
ただ、彼らがどういった関係にあるのか、僕も細かく理解していません。
母親は、自分が死ぬと家系がわからずに僕が困るだろうと、書き出していました。
そこで僕は、時間の余裕がある今だから、自分で家系図を作ろうと思いたちました。
それを母親に見せて安心させたいと思いました。
家系図作りでやっていること
家系図は外注して作ることもできます。
ただ、先祖を敬う一環で、僕は手作りで進めました。
自分の父、母、そのお父さんとお母さん、そのまた親・・・と、1つ1つ遡って「戸籍」や「原戸籍」を取り寄せます。
戸籍や原戸籍には、家族(親を含む)の居住地、生まれた日、名前などが載っているので、1つ1つ、親、そしてその親、さらにその親・・と該当の市区町村をみて、取り寄せるのです。
家系図からわかること
戸籍から、自分の先祖の出生地、結婚した年齢、子供たち(名前を何と名付けたかもおもしろい)がわかります。
遡ればのぼるほど、家族の兄弟人数は多く、ひらがなやカタカナの名前も増えてきます。
「イネ」とか「トメ」とか、寛永xx年とか、数字の表記も元号も不慣れで、昔の書体で書かれ、読みこむのも大変です。
そんな名前から職業を想像できたり、また驚くことに養子や離婚も多いものです。
女の子が多い家系で、ようやく男の子が生まれ、でもすぐに死んでしまった記録も読み取れます。2年後に生まれた次男に「一」がつくネーミングをしたのは、「きっと、長男を待ち望んでいたんだ・・」と、親の気持ちを汲み取れます。
地名も実在しない名称も出てきますが、文献で調べれば今の市町村名もわかります。ただ、先祖のお父さんとお母さんが生まれ育った距離が10~20キロ離れているのに、「どうやって知りあったの??」と、想像してしまいます。
旧xx道の宿場だとか、土着の産業、有力な大名、地勢的なことも調べ当時の暮らしぶりも想像します。
なので時間も手間もすごくかかっています。
先祖を敬う
南方の島で戦死をした人もいました。昔の時代なのに80歳ぐらいまで長生きした人もいます。
短くても長くても、それぞれの人生があったのだなと想像し、祈りながら作ります。
僕がこうして辿って、先祖を知ることや、想いを巡らせることそのものが、先祖の霊を供養することになると感じます。
僕の感謝の気持ちが伝われば、先祖も喜ぶと思っています。
終わりに
僕の家には家系図はないので、きっと先祖の誰もが忙しく、記録化はできなかったのでしょう。
僕が早期リタイアし、こうして時間を沢山持って生きている人間は、家系を代表し僕の世代で家系図を完成させないといけない、そんなミッションがあったのかもしれません。
先祖が生まれ育った場所に旅行して、お祈りをしようとも思っています。
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