FIRE後、僕が経験した最大の心境変化は、サラリーマンの常識を疑うようになったことです。
きっかけは、早期リタイアしたにもかかわらず、お金を増やすことで忙しく過ごしていた自分に気づいたことでした。
働かないために辞めたのに、また別の形で働いている。
その違和感を掘り下げていく中で、あることに気づきました。
問題はお金ではなく、「何を正しいと信じていたか」だったのではないか、と。
今日はそんなサラリーマンの常識を疑ってFIRE4年を経たいま、何を得たかを綴ります。
成長が正しいという前提
サラリーマン時代の僕は、成長することこそ正しいと信じていました。
常に目標があり、今の自分との差を埋めるために努力する。
それが当たり前で、その繰り返しの中で30年を過ごしてきました。
振り返ると、「今の自分」はいつも足りない存在でした。
・足りないから頑張る
・足りないから耐える
そうやって努力と忍耐で埋め続けることが、正しい生き方そのものになっていたのだと思います。
あえて外した選択
FIRE後、この前提を崩そうと考えました。
もし同じ延長線で生きるなら、仕事に関連するスキルを磨いたり、社会人向け大学院に通ってビジネスを学んだりと、成長を続ける選択をするはずです。
でも僕は、あえてその逆を選びました。
料理教室に通い、船舶一級の免許を取り、カメラや夜景、天文といった分野に触れる。
サラリーマンとしてのスキルとは関係のないものばかりです。
最初は、「こんなことをして意味があるのか」と思うこともありました。
変わっていった感覚
それでも続けていくうちに、少しずつ感覚が変わっていきました。
成果や役に立つかどうかではなく、ただ興味があるからやる。
そういう時間が増えると、日々の満足感が静かに高まっていきました。
友人と船で東京湾に出て釣りをし、その魚を自分で調理する。
旅先で目にした風景を写真に残す。
そうした一つひとつの体験が、今の生活の質にそのままつながっていることに気づきました。
終わりに
こうして、FIRE4年が経過し、成長や目標を掲げなくても、それでも自分の世界は広がるという感覚を持っています。
これは、サラリーマン時代の常識を手放したがゆえの結果です。
サラリーマン的な「成長」や「目標達成」が悪いわけではありません。
ただ、そんな「将来の自分が、今の自分を搾取する」という生き方は、「いま」を大事にしたいリタイア生活には向いていません。
今の自分の興味や感覚をとにかく大切できるのがFIREです。
世界はそこからでも広がるというのが、僕のたどり着いた結論です。
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