FIRE界隈では「FIREしたことを人に言わない」とする人は少なくありません。
人から羨まれたり、変わった人と思われたり、余計な詮索をされるからです。
実は僕もFIRE当初、そんな感覚が少しありました。
その頃は「FIRE=報酬」と捉えていたからです。
早期リタイアをして自由な時間を手に入れる。
それは努力の結果として得たご褒美だという感覚です。
ただ、この感覚こそが4年のFIRE生活で最も大きく変わりました。
今日はFIRE当初と4年後の、FIRE=報酬という捉え方の心境変化を綴ります。
FIREのイメージ、だいたいこの2つ
僕の勝手な推測ですが、FIREというとこの2つのイメージを持たれがちです。
1つは「会社を辞めて、だらだら生活しているんじゃないか」です。
でも僕の実感はむしろ逆でした。
FIRE後の方が健康にも気を使いますし、実際に健康になりました。時間の使い方もかなり意識しています。
表面的には「好きな時に寝て好きな時に起きる」生活に見えるかもしれませんが、そのおかげで起きている時間の眠気がなく、感覚も冴えていると感じます。もう1つは「自由なお金でキラキラ生活しているんじゃないか」というイメージです。
これは「資産があるからそういう生活ができるんでしょう」と思う人もいると思います。ただ実際の僕の生活はだいぶ違います。
空き家をDIYしたり、母親を週2,3回はランチに連れて行く親孝行をしたり、家系図を作って先祖を知って感謝したり、四国八十八ヶ所を回ったり。
特別なことをしているわけではなく、地味だけど自分がやりたかったこと・今やるべきことをやっている感じです。
自由は鏡みたいなもの
そんな生活を4年続けてみて、僕は一つのことに気づきました。
「FIRE=自由=人生を変えてくれる魔法」なんてマジカルな世界ではなく、むしろ現実はFIRE=鏡だということです。
FIREすると選択肢が一気に増えます。
何をするか、何をしないか、どこに時間を使うか、何にお金を使うか
その選択を決めるのはいつも自分です。
自由ということは、その選択がそのまま表に出ることでもあります。
つまり、自分がどんな人間なのかが見えてしまうのです。
自由は、自分を綺麗に見せてくれる鏡ではなく補正のきかない鏡なのかもしれません。
スマホのアプリのように肌補正することなく、どちらかというとガラケーのカメラです。
「容赦なく写るんです」というキャッチコピーが似合うのがFIREなのでしょう。
相手の姿も見えてくる
そしてもう1つ気づいたことがあります。
FIREは自分を映すだけでなく相手をも映す鏡だということです。
FIREの話をすると、反応はいろいろです。
興味を持って聞いてくる人もいれば、羨望や偏見に満ちた反応をする人もいます。
もちろんそれで相手を判断するつもりはありません。
ただ、その反応をみると「この人とはこういう距離感かな」と相性のようなものが見えてきます。
FIREは、人の価値観を浮かび上がらせるものでもあります。
終わりに
FIREした当時、僕は自由を得て、その自由を報酬と捉えていました。
それから4年が経過したいま、最大の心境変化は「FIRE=報酬」というマインドが無くなったことです。
FIRE後、だらだら生活もキラキラ生活も送っていません。自分のやりたいことをやってきただけの「自分の選択の積み重ね」が残っただけです。
結局、自由になると人生が変わるというより、自分がどんな人間なのかが見えてしまうのかもしれません。
そんなFIRE生活が日常化したと痛感することが、FIRE当時と4年後の今の最大の心境変化だとかにjます。
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