自分の人生のなかで最も憂鬱だった日は入社の前日です。
「明日からノンストップで働き続ける日々が始まる・・・」と思うと、絶望感以外はありませんでした。
会社が嫌だとか、働くことを否定しているとか、そういったわけではありません。
大学時代の自由な生活が終わり、制約ばかりの不自由な社会人生活が始まるという、転落に感じるからです。
ところが、この「絶望」の度合いが大きかったことで、制約のある社会人生活を終えて、FIRE生活が始まる日は「自由の復興だ」と強く感じました。
今日は、そんな会社員生活の始まりと、その後に感じてきたことを少し振り返ります。
自由だけはあった大学時代
大学生活は、僕にとってかなり自由な時間でした。
興味のある授業を取り、サークル活動を掛け持ちで楽しみ、飲み会や合宿。時には一人バックパックを背負って貧乏旅行にも出かけました。
とはいえ大学生は社会の中ではまだ弱い存在です。
できることのスケールも小さい。
でもその代わり、自由だけは最大でした。
若さとエネルギーに満ちた状態で、世界がどこまでも広がっていく感覚がありました。
入社は「自由を手放す日」
そんな生活から社会人になるとき、かなり絶望感がありました。
例えるなら、
痛いとわかっている病院に行く前日のような気分です。
行かなければいけない。でも、できれば行きたくない。
社会に出れば、会社というルールの中で働くことになります。
大学のような自由な時間で好き勝手にはできません。
仕事の楽しさを知る由もなかった当時の自分には、それは単に、
自由を手放す日
でしかありませんでした。
当時の人生の色は、働き続ける絶望の「黒」が9割、同期との出会いという「バラ色」が1割。混ぜても限りなく「黒に近い濃紺」の人生に思えました・・。。
会社で働くというのは役割を演じる
それでも働くと決めていました。
社会で生きる以上、資本主義のルールに従います。
自分にスキルをつけ、成果を頑張って出し、お金を稼ぐ。そんなルールです。
会社員生活は、人生そのものというより一つの役割のような感覚でした。
役割を演じながら、この嫌な人生ステージを通り抜けようと防衛していました。
でもそれが、今から思うと良かった点は、
「会社=自分の全て」とはならず「会社<自分の人生」と、会社以外の自分を大切に維持することにつながりました。
会社生活で広がった世界
会社員として生きることは、制約でしかないというのが基本設定値だった僕にとって、会社での出来事は、比較的、「プラス」でとらえることにつながりました。
確かに制約がある会社生活ですが、お金があることで大学時代にはできなかった経験もたくさんできます。
また、個人の力は無力でも、会社という枠組みで動くと、世界各地を仕事でまわったり、人脈が広がったり、技術が人や社会の在り方を変えたりということができます。
自由は減って、制約も多い日々ながら、大学時代にはないダイナミックさで広がりがあることは事実です。
FIREして気づいたこと
とはいえ、そんな会社生活で、よく言えばいろいろとやり切った、でも現実に広がりはなく閉塞感と停滞感が増えたら、もはや「会社で役割を演じるのも終わり・・」となります。
経済的には自立していたので、自然と早期リタイアを選択しました。
そしてようやく、「会社という役割を終えて、また自由な時間が戻ってきた」という思いになりました。
先ほどの例でいけば、痛いと思っていた注射は痛みは少なく、ほっとして病院から帰る瞬間、のようなものです。
FIRE後は、「自由復興するぞ」という感覚になっています。
もし、読者の方で僕と同じように「明日から社会人」という絶望が大きかった人は、きっとFIREは希望への転換点であり、絶望を回収するステージの始まりとなっている(いく)はずです。
終わりに
振り返ってみると、これまでの自分はこんな流れだったように思います。
大学:個は弱い、でも自由は最大、新しい体験をして世界が広がる
会社:個は制約される、でもスケールは最大、世界はより広がる
FIRE:個の自由 、でも若さやエネルギーは大学時代未満、自由の質を上げて広げる
FIRE生活での「自由の質」は、会社員時代に培った知恵を使って高めようとしています。
でもすべては「大学4年間を基準」にしています。
FIRE生活を4年区切りのプロジェクトにして、「体験貯蓄」を大学4年間のそれより大きいものにする。
それが僕の「目標を持たないFIRE生活での、唯一のゆるい目標感」です。
ランキングも参加してます。参考になる部分がありましたら、ぜひポチっとしていただけると励みになります。

