FIRE生活に入ってから、僕は「タイパ(時間の効率)」の考え方を手放しました。
タイパを上げても、豊かなFIRE生活は実現できないという直感があったからです。
そのため、サラリーマン時代のタスク管理のような「TODOリスト」は作らず、あえてFIRE生活の肌触りを感じながら、効率にこだわらない生活を送ってみました。
その結果、FIRE生活は大きなアップダウン(上昇と急下降)がありました。
今日はこのアップダウンのエピソードを綴りながら、FIRE後の「時間の質」はタイパでは上がらない理由を綴ります。
エピソード:余白と埋め方の変遷
「体験の量」より「時間の質」を大事にしたい僕は、TODOリストやタイパを手放し、時間に身を委ねてFIRE生活を過ごしてきました。
そんな4年間に起こったことは極めてシンプルでした。
まず、リタイア後の解放感。そのあとに訪れた空虚。
その空虚は、平穏な生活で埋めました。
ただ、平穏が続くと、今度は退屈になりました。
その退屈は、刺激で埋めました。
つまり、
・解放感ロス → 平穏で埋める
・平穏ロス → 刺激で埋める
自由の変化とともに生まれる余白を、その都度、自分なりに埋めてきた4年間だったわけです。
その結果、とても濃い時間になったと思えたのです。
FIRE後の「時間の質」の高め方
このエピソードからわかった「時間の質」を高める方法はシンプルです。
まず、何を失ったのかを認識する。
そして、それを自分の価値観で埋めてみる。
試してみて違和感があれば、また変える。
この繰り返しです。
余白にどう向き合うか。
なぜタイパで時間の質が高まらないか
もし、僕がFIRE生活をタイパ思考で過ごしていたら、この「ロス」を捉えることができませんでした。
予定やリストで時間を埋める「タイパ方式」をしていたら、そもそも余白を感じたり、変化に敏感になれなかったと思います。
仮に、ロスや変化に気づいても、「空虚や退屈をお金で埋める」や「仕事で埋める」という短絡的なタイパ発想、効率主義で解決していたら、自分の価値観で埋めることもできなかったでしょう。
お金を求めるほどお金を増やせないように、時間を求めるほど時間を増やせない。
そんな法則があるのだと思います。
サラリーマン時代のロスの埋め方
それは、サラリーマン時代の「ロスの埋め方」を見れば明白です。
当時、目標達成が至上命令なので、ロスというより、目標に早く到達して「時間」という余白を得たり、簡単に目標到達し「余力」という余白がありました。
ところが会社という世界は、そこで作られた「時間」は新たなタスクで埋められ、「余力」はより大きな目標を上書きされます。
余白は会社の成長のために、強制的に「搾取」されるのです。
生産性をいくら上げても、永遠に搾取され続けるだけの、ラットレースなのです。
それゆえ「仕事が速い人のところには、さらに多くの仕事が集まる」というのも、その効率化で得た余白を会社に搾取されるバグでしかありません。(バグも使いようで、自分のメリットに転化できますが・・)
終わりに
この4年でわかったのは、時間は単なる器だということです。
時間の流れで生まれた余白を、”社会の正解”より”自分の正解(自分の価値観)”で満たす。
それを1つ、また1つ、やり続けた結果、時間の質はいつのまにか高まっていました。
サラリーマン時代、タイパによって時間の質を求めていた行為は、時に「向上心」とも呼ばれました。
仕事の生産性を上げて、時間や余力を作り、別の仕事や高い目標で埋めることが向上心の照明でした。
FIRE後は、「生活の余白やロスを自分の価値観で積極的に埋める」という行為が「向上心」となります。
それゆえ「サラリーマンを辞めると向上心を失う!」というFIRE批判は、的外れであり、ラットレースから眺めた世界観だと思っています。
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