これまで4年間のアーリーリタイア生活を踏まえ、改めて、「今後の理想のリタイア生活」をどう描いているかを綴ります。
具体論というより基本方針とはなりますが、結論から言えば、
お金を使って、減っていく時間と健康を補いながら、大学時代のような「世界が広がっていく状態」を、今の知恵と距離感で再設計する
ということになります。
これは、後悔を回避する判断軸で「先延ばしより、今やりたいことをやる」といったFIRE生活を4年過ごした結果、たどり着いた次の4年間の方針です。
後悔回避は、もう十分に機能した
僕がFIREを選んだ理由は明確です。
人生の可処分時間を増やし、その時間を後悔のない生き方に使うためです。
「いつかやる」をやめる。できなくなる前に動く。将来の自分に説明できる(後悔しない)選択を積み重ねる。
こうした判断軸は、迷いを減らしたし、決断と行動を加速させる強力なエンジンでした。
FIRE初期の4年間は、十分すぎるほど機能したと思っています。
行動しているのに、世界が広がらない違和感
それでも、ある地点から小さな違和感が生まれました。
後悔は減っているし行動量も多いのに、世界が以前ほど広がっていかないという感覚です。
原因は怠惰でも停滞でもありません。
むしろ、判断軸が鋭くなりすぎたことにありました。
・最適か
・無駄ではないか
・いまやる意味があるか
と、自問するのは正しいとして、これを使い過ぎると、偶然や寄り道が入り込む余地は減っていきます。
前回の記事でも旅行の計画を緻密に立てすぎた結果、偶然が入り込む余地が少ない(=旅の想定外の出来事が起こらない)など、書いた通りです。
この落とし穴は、サラリーマン時代に身についた「隙間がある=さぼり」という、効率性や最適化を大事にする思考ですし、FIRE後も、こうして残っていたのだと思います。
大学時代の「世界が広がる感覚」を再定義する
では、想定外の広がりも起こり、世界が広がっている感覚がいつあったかというと、それは自分の大学時代です。
その当時は、時間の使い方は非効率でしたが、それでも確実に世界は広がっていました。
入学後、新しい友人ができ、その接点から新しいことに踏み込む。今でも自分が趣味としているスポーツ、興味関心は、友人からの誘いや話題から踏み込んだものが大変です。
もちろん、今となって、大学生の頃の無計画さを取り戻したいわけではありません。
この年齢にもなれば、時間も健康も減っていくと感じるし、人間関係も無邪気には広げられません。
だからこそ、構造を変える必要があると感じます。
構造とは、「お金を使って時間と健康を補い、その上で、人間関係と好奇心が広がる余地を意図的に残していく」ということです。
管理するものと、管理しないものを分ける
お金・時間・健康は、失うと生活の安定性を大きく損なうインフラ資源です。
大学時代よりお金はある一方で、時間と健康は制限があります。
ここは、個々が欠落せず、相互バランス(お金で時間と健康を補う)をマネジメントしていく部分です。
一方で、「人間関係」や「好奇心」は、インフラというより、自分を可変にさせる資産です。
それらは管理しすぎると機能不良を起こすし、期待値が高いと同じ結果でもプラス要素が減ってしまいます。
なので、大きな期待、良し悪しなど、思い込みで判断せず、手触りや感覚を大事にします。
その結果として、「人との接点や体験を通じ、世界が広がっていく」につながるという仮説を持っています。
終わりに
後悔回避は、これまでのアーリーリタイア生活をそこそこ充実させて過ごすのには、優れた思想だったと思います。
ただ今の僕には、その先に進むうえでは、後悔回避でアクセルを踏みながら最適化をするより、どう自然な広がりを得るかが大事だと感じています。
FIRE生活4年を経て、大半のサラリーマン的な評価軸や最適化思考は、取り除けた気がします。
これからは、評価軸を固定せず、広がりが生まれる余地を残る構造を「理想のリタイア生活」として試します。
このブログはいったん来月末で区切りを迎えますが、次の4年間はその広がりを作る段階として、前述の「資産」を育てながら、仮説と検証の実験を続けていきます。
