FIREをすると、他者から時間の制約を受けることもなく、自分の好きなように時間を使えます。
そのため、時間の使い方にストレスはありません。
とはいえ「この時間の使い方は噛み合っていない」と違和感を覚えることがあります。
今日は、僕自身が感じた、FIRE後の時間の使い方の3つの違和感ケースを綴ります。
ケース① エネルギーを無視して時間を当てる
FIRE後は「健康」が大事だと感じるようになります。
そのため、日々、ジムに通って筋トレやランニングを続けています。
以前、人の少ない夜10時以降に行くことが多かったのですが、疲労が溜まっている日は、5キロ走ると疲れてしまい、結果、走り込みが不足したり、筋トレを省略したりしました。
同じ1時間でも、午前などのエネルギーがある時間帯でジムに行けば内容も満足感もまったく違います。
これは「疲れ」に問題があるというより、「エネルギーが低い時間帯(夜遅く)にジムの時間を割り当てている」ことが原因です。
FIRE後、どこか「決まった時間にやるべき」という習慣の罠が残っています。
それゆえ体調に応じて時間帯を柔軟に決めて取り組むと、その違和感はかなり減りました。
ケース② 空き時間を“受動的に埋める”
時間があると、ついYouTubeなどを眺めて過ごします。
1日の大半までは費やしませんが、問題は、その時間が記憶に残らず、時間の手応えも薄いことです。
しかも、その受動的な時間の使い方は驚くほど早く過ぎ去ります。
FIRE後の課題は「暇」ではなく、「受け身の時間が増えやすい構造」だと感じます。
そこで動画を見るなら走る、筋トレをする、電車移動するといった行動と能動的に組み合わせるように意識してみました。
すると、時間の質は大きく変わります。
ケース③ 効率やコスパで時間を測ろうとする
「タイパを上げろ」、「お金で時間を買え」という考え方は、FIRE後、さほど納得できなくなりました。
掃除や料理など、外注もせずにすべて自分でやるのは、人によっては非効率だと感じるかもしれません。
でも僕には、そのプロセス自体に満足感と納得感があります。
お金で時間を買うこと自体が悪いのではありません。
重要なのは、そうした「時間が前向きなエネルギーや納得感を生むかどうかで」です。
FIRE後は、タイパという効率主義をミニマムにして、「その時間が自分に何を残したか」という感覚を大事にするほうが有益だと感じます。
終わりに
FIREをすると時間は増えても、その使い方で違和感を感じることがあります。
その原因は、FIRE後に暇が増えたとか、意識が低くなったというより、時間の使い方を測るモノサシが、現役時代のまま残っている(自分のものになっていない)からです。
僕がいま大切にしているモノサシは、
・前向きなエネルギーを生む時間か
・自分なりの納得感があるか
・時間の進みが遅く感じられたか
という点です。
FIRE後の時間の使い方は、世間のモノサシではなく自分のモノサシで決めることで「自由の質」が高まると感じます。
ランキングも参加してます。参考になる部分がありましたら、ぜひポチっとしていただけると励みになります。

