サラリーマン時代の習慣で、FIRE生活に役立っているものがあります。
最も大きいのが「好奇心の使い方」です。
FIRE生活のように時間と自由があると、好奇心をもって興味や関心に従って行動すると、世界が広がります。
そんな好奇心の土台は会社員時代に作られていたと感じています。
ただし、当時の好奇心はどこか「会社員の自分を守る生存本能」だとも思います。
今日はそんな「会社員時代の好奇心」について綴ります。
会社員の好奇心は「自由」ではない
当時の好奇心は、決して自由なものではありませんでした。
業界動向、新しい技術、競合の動き、人間関係。
自分の好き嫌いではなく、知っておいた方が良い、やったほうが良い、そんな半ば強制的な動機による好奇心でした。
そうして集めた情報も、「役に立つか」、「成果につながるか」という観点で分別していました。
嫌な人を観察するようになった
そんな当時の好奇心が会社のなかでの人間関係に役立つこともありました。
僕は、職場の人間関係は、比較的恵まれていたと思います。
それでも「変な人」や「嫌な人」はいました。
例えば、部下には強い言葉を使うのに、上司の前では急に態度が変わる人です。
その矛先が自分に向いたら、その時は感情で受け止めず、観察をします。
「なぜそんなふうに振る舞うのか、どうやってそのスイッチを切り替えているのか」と。
そして、その人との会話や行動を観察するうちに、少しずつ背景が見えてきます。
外では強く振る舞っているけれど、実は不安や自信のなさを抱えているな・・とかです。
そう思えるようになると、不思議と感情的に巻き込まれなくなります。
好奇心は、防御として機能していた
振り返ると、あの頃の好奇心は、自分を守るためのものでもありました。
嫌な出来事もそのまま受け止めるのではなく、「観察対象」に変えることで通り抜けていました。
観察し、理解しようとすることで、距離を取る。
時にはイマジネーションを使って動物に例えます。
頭のなかでは観察対象をこんな見方(↓)をしてストレスを切り離しました。
「1を聞いて10を調べる」習慣
もう一つ残っているのが、与えられた情報をそのままにしない習慣です。
一つ聞けば、直ちに、その背景や周辺まで調べるのです。
言われることだけ、求められていることだけをやっていたら、叱られる時代でした。
テーマの深掘りや周辺理解は、当たり前の振る舞いとされ、それは会社での生存のためにも、仕事を効率的に進めるうえでも大事でした。
終わりに
サラリーマン時代の好奇心は、評価や効率といった「外側の圧力」で使うものでした。
いまは、誰に求められるわけでもなく、純粋な「内側の興味」から使っています。
これは、好奇心を新しく手に入れたというより、使い方が変わったのだと思います。
生存本能から探求本能で使う好奇心。
使っていても楽しく、FIRE生活の広がりにもつながります。
好奇心は、リタイア生活の拡張資産としてとても大事だと実感します。
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